「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない」~昆虫と病原菌の軍拡競争~

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元論文
A Drosophila melanogaster model shows that fast growing Metarhizium species are the deadliest despite eliciting a strong immune response
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/21505594.2023.2275493

昆虫と病原菌

昆虫に感染する菌

昆虫も人間と同じように病気にかかることがあります。
昆虫の病原菌にもウィルス、細菌、真菌(カビ)など様々なものが存在します。
この中の真菌(カビ)の一部は昆虫病原性糸状菌こんちゅうびょうげんせいしじょうきんとも呼ばれ、メタリジウムやボーベリアという種類が有名です。
これらの菌は昆虫の表皮から感染し、最終的に黒、白、緑、赤などの胞子が粉を吹いたように昆虫の表面を覆うため「黒きょう病」や「白きょう病」などとも呼ばれています。

メタリジウムに感染したクロゴキブリ

また次のようなプロセスで感染します。
①分生子(胞子)が表皮に付着
②分生子が発芽して菌糸を伸ばす
③酵素などの働きにより昆虫の表皮を貫通して体内に菌糸を伸ばす
④菌糸が昆虫体内で分裂・増殖し、昆虫の動きが鈍くなっていく
⑤上の画像のように、昆虫が死亡し分生子となって外へ出る

昆虫に感染する真菌(カビ)の感染過程/credit:日本生物防除協議会 Metarhizium属糸状菌の新機能とアザミウマ類の防除

メタリジウムの中にもメタリジウム・アニソプリエ、メタリジウム・アクリダム、メタリジウム・フリギダムなどの多くの種が存在し、感染する昆虫の種類や感染力も様々です。
これらは特定の昆虫にしか感染しないスペシャリストと色々な種類の昆虫に感染するジェネラリストに大別できます。

昆虫の免疫

昆虫の方も病原菌にやられっぱなしというわけではなく、人間と同じように病気に抵抗するための免疫を持っています。
真菌(カビ)に対してはメラニン化、GNBP3というタンパク質による真菌の細胞壁の感知、ドロソマイシンなどの抗微生物ペプチドの産生を行っています。
またショウジョウバエには他の昆虫の持つ免疫機能に加えて、ペルセポネやボーマニンという物質による免疫も存在します。

軍拡競争?

メリーランド大学カレッジパーク校の研究チームはショウジョウバエを用いて様々な種類のメタリジウム菌の増殖速度や病原メカニズムの違いが感染の結果にどのように影響するかを調べました。

研究チームはメタリジウムのショウジョウバエに対する病原性や様々な培地での生育などを比較しました。
ジェネラリストのメタリジウムの方がスペシャリストに比べて発芽・増殖が素早く行われる傾向が見られました。また、昆虫の動きが鈍くなってから死亡するまでの期間もジェネラリストが感染した場合の方が短かったです。
病原菌の発芽・増殖が盛んに行われると昆虫の免疫反応もより早く、強くなります。
しかし、メタリジウムのジェネラリストにはデストラトキシンという毒素をもつものが多く、デストラトキシンには昆虫の免疫を抑制するはたらきがあります。
そこで、研究チームはメタリジウムのデストラトキシンの産生を抑制して再度実験を行いましたが、結果は変わりませんでした。
以上の結果から昆虫の体内に侵入することができれば免疫反応に関係なく増殖することができ、侵入前の能力が感染成功のカギを握っていると研究チームは考えました。

次に研究チームは遺伝子を操作した様々な免疫系に欠損のあるショウジョウバエを用いて、病原菌に対する感受性を比較しました。
その結果、他の昆虫にも共通なGNBP3による真菌の細胞壁の感知やドロソマイシンなどの抗微生物ペプチドの産生を抑制してもあまり大きな変化は見られませんでした。
しかし、ショウジョウバエ独自のペルセポネやボーマニンによる免疫を抑制するとショウジョウバエには本来感染することのないアシナガバチのスペシャリストである菌も感染するなど病原力の弱い菌でも感染が可能になりました。
またペルセポネを抑制した場合には昆虫が死亡するまでの時間が半減しました。

メタリジウムには細胞壁を別の物質でコーティングすることによってGNBP3による感知を回避する種も存在します。
しかし、ショウジョウバエのペルセポネは真菌の分泌する化学物質を感知するためGNBP3による真菌の細胞壁の感知に失敗したとしても正常に免疫系を誘導することができます。

ボーマニンはショウジョウバエ独自の抗微生物ペプチドであり、ドロソマイシンなどの他の抗微生物ペプチドのはたらきが菌によって阻害されることを防ぎます。

病原菌は昆虫の免疫に対する耐性を進化させましたが、昆虫は病原菌の昆虫の免疫に対する耐性に対する耐性をさらに進化させたようです。
今後、病原菌は昆虫の免疫に対する病原菌の耐性に対する耐性に対してさらに耐性を進化させるかもしれません。
アメリカの進化生物学者リー・ヴァン・ヴェーレンの「生物の種は絶えず進化し続けなければ絶滅する」という赤の女王仮説にも当てはまりそうです。

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