元論文
Acute exposure to caffeine improves navigation in an invasive ant
https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2023.10.10.561519v1
参考資料
国立研究開発法人国立環境研究所侵入生物データベース
https://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/60090.html
昆虫のナビゲーション戦略を支える記憶
https://www.jstage.jst.go.jp/article/hikakuseiriseika/25/2/25_2_58/_pdf/-char/ja
アルゼンチンアリは体長の2万倍の距離を歩く
アルゼンチンアリは「世界の侵略的外来種ワースト100」および「日本の侵略的外来種ワースト100」に選ばれている体長約2.5mmのアリです。
毒餌を使った防除が頻繁に試みられていますが自然に存在する餌に惹きつけられてしまうのか、あまり毒餌を食べさせることができずに失敗に終わっています。
アルゼンチンアリは餌を探すために最大で自身の体長の約2万倍の距離を歩きます。人間だと30Km~40Km歩くことになります。
それだけ長い距離を歩く体力もすごいですが、グーグルマップやヤフーマップがないと途中で道に迷いそうです。
道に迷っている間に捕食者に襲われたり、疲れ果ててしまうかもしれません。
そのため、ナビゲーションシステムと呼ばれる道に迷わないための仕組みが備わっています。
アルゼンチンアリのナビゲーションシステムは主に経路積算と学習情報の2つによって成り立っています。
経路積算は太陽の光などによって得られる方向の情報と歩数などから得られる距離の情報から巣やよく利用する餌場の地点を知る方法です。
これによって行ったことのない場所からでも巣に帰ってくることができます。
しかし経路積算は距離が長くなるほど誤差が生じやすくなり、ピンポイントに目的地にたどり着かないこともあります。
カーナビで行ったことのない場所に行くときに目的地の近くの少しずれた場所で案内が終了したりするのに似ています。地味に困りますよね。
そこで、経路積算だけではなく景観や匂いなどのさまざまな情報を利用して正確な位置情報を導き出します。
景観や匂いなどの情報を利用するためにはある地点ごとに景観や匂いを覚えておく必要があります。
またアルゼンチンアリは大きな集団で活動しており仲間のフェロモンを辿って巣や餌場にたどり着くということも知られています。
より多くの個体が通った道にはより多くのフェロモンが残るため、最終的には仲間同士で同じ道を通って同じ場所にたどり着くようになります。
もしも毒餌に学習能力や記憶力を向上させるような物質が含まれていたら、より多くの個体がより早く正確に毒餌のある場所と巣を往復して、多くのフェロモンが残り、充分に毒餌を食べさせることができるかもしれません。
ミツバチにコーヒーや紅茶などに含まれるカフェインを摂取させると複雑な学習課題に対する意欲と認知能力の向上が見られ、ミルミカ・サブレティというヨーロッパのアリでも学習能力と記憶力が向上するという報告がなされています。
そこで、リーゲンスブルク大学の研究チームはアルゼンチンアリをさまざまな濃度のカフェインを含む餌場と巣を往復させて学習能力や記憶力への影響を調べました。
アリにもカフェインの適量がある?!
研究チームは全くカフェインの含まれていない餌と25ppm、250ppm、2000ppm含む餌を用意しました。ちなみにコーヒー1杯のカフェイン濃度は約600ppmです。
アルゼンチンアリは25ppmと250ppmのカフェインを摂取した場合、連続した訪問のたびに、餌場を見つけるまでの時間が最大38%短縮されました。
アリが歩く速さには差が無かったため、カフェインがアリの学習を促進することが示唆されました。
興味深いことに、2000ppmでは学習の促進は見られませんでした。
人間も、低用量から中用量のカフェインには、興奮作用やパフォーマンス向上作用があることが多いですが高用量では、睡眠障害、不安や焦燥感の増大などの悪影響を及ぼすと言われています。
また、ミツバチでは高用量のカフェインを摂取すると条件付けされた匂いへの反応性が低下し、2000ppmでは摂取したうちの半数が死亡します。
したがって、2000ppmで効果がなくなるのは、カフェインの毒性によるものだと考えられます。
一方で餌場から巣へ帰る際にはカフェインの摂取量による大きな差は見られませんでした。
試行回数が増えるとカフェインとは無関係にアリは最短経路で巣に向かうようになっていき、より早く巣に帰ってくるようになりました。
おそらく収穫した餌によって体が重くなったため、巣から餌場へ向かうときよりも餌場から巣へ向かうときの方が時間がかかりました。
このように行き帰りで条件が異なるため、利用しているナビゲーションシステムも異なるのかもしれません。
つまり餌場から巣へ向かうときには周囲の環境情報の学習や記憶よりも経路積算に頼っていた可能性が高いです。
より短く単純な経路ならば経路積算のみでも正確な位置情報を把握することができるのでしょう。
しかし野外ではアリはより長い距離を採餌しながら歩き、より複雑な環境に直面します。
このような複雑で移動距離も長い条件下では学習や記憶が重要な役割を果たし、カフェインは巣への移動により大きな影響を与えるかもしれません。
実際、250ppmでは巣への移動速度が若干速くなる傾向が見られています。
実験結果から、毒餌に適切な量(250ppm程度)のカフェインを加えることによってアルゼンチンアリに充分な量の毒餌を食べさせることができるかもしれません。
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