元論文
Exorista sorbillans (Diptera: Tachinidae) parasitism shortens host larvae growth duration by regulating ecdysone and juvenile hormone titers in Bombyx mori (Lepidoptera: Bombycidae)
https://doi.org/10.1093/jisesa/iead034
クワコヤドリバエ(Exorista sorbillans)は養蚕業に絶大な被害をもたらすカイコ(Bombyx mori)の寄生虫としてよく知られています。
カイコの幼虫はクワコヤドリバエに寄生されると通常よりも早い段階で蛹になる前兆である徘徊行動を示すことが分かっていますが、その分子機構についてはよく分かっていませんでした。
そこで江蘇科技大学のShan-shan Wangらは寄生されたカイコの体内での脱皮や蛹化(幼虫が蛹になること)を促す20ヒドロキシエクジソンと脱皮や蛹化を抑える幼若ホルモンの増減およびその関連遺伝子の発現パターンを調査しました。
その結果、寄生されたカイコの体内では両者が増加し、
両者の増幅に関与する遺伝子が活性化し減少に関与する遺伝子が不活性化することが分かりました。
またBmCYP302A1またはBmCYP307A1という特定の遺伝子の活動を抑制することにより、寄生されたカイコの幼虫から蛹になるまでの期間が延長されるということが確認されました。
研究の詳細は、2023年5月31日付で科学雑誌『Journal of Insect Science』に掲載されています。
ハエに寄生されたカイコの幼虫の体内では何が起きているのか?
クワコヤドリバエは卵をカイコの幼虫の表皮に産みつけて寄生します。
寄生されたカイコの幼虫表皮には黒い斑紋が現れます。
孵化したハエの幼虫はあらゆる方法でカイコの免疫をくぐり抜けてカイコから栄養を搾取して成長します。
また、寄生蜂においては宿主の脱皮ホルモン(脱皮や幼虫から蛹になることを促すホルモン)と幼若ホルモン(脱皮や幼虫から蛹になることを抑制するホルモン)量をを変化させることが知られています。
多くの場合、寄生の過程で宿主の幼虫の発育や行動に変化を伴い、
寄生された宿主は発育を停止し、繁殖することができなくなるか、死亡します。
カイコがクワコヤドリバエに寄生された際には通常よりも早い段階で蛹になる前兆である徘徊行動を示すことが知られていますが、
このような行動や発育の変化の仕組みはほとんど研究されていませんでした。
ホルモンの不可解な変化
研究チームはクワコヤドリバエに寄生されたカイコの幼虫と寄生されていない幼虫の血リンパから脱皮ホルモンの活性体である20ヒドロキシエクジソン(以下20Eと表記)と幼若ホルモンを抽出し増減を調べました。
その結果、寄生されたカイコの20E量は、寄生されていないカイコと比較して、5齢2日目から5齢8日目にかけてそれぞれの時期において、1.29倍、1.52倍、1.80倍、1.54倍、1.25倍、1.49倍、1.49倍多かったです。
幼若ホルモンについてはJHⅠとJHⅢの2種について調査しました。
その結果、寄生されたカイコのJH I量は5齢7日目で寄生されていないカイコに比べ1.76倍多くなっていましたが、5齢8日目では1.26倍少なくなっていました。一方、JH IIIは5齢3日目、5齢7日目、5齢8日目でそれぞれ1.34倍、1.93倍、1.79倍多かったです。
蛹になる前兆となる行動が通常よりも早い段階で見られるということは20Eが増加し幼若ホルモンが減少することが予測されますが、
実際にはハエの寄生によって20Eの増加とともに幼若ホルモンの内のJHⅢの増加、JHⅠの一時的な増加が観察されました。
ハエの寄生を受けたカイコの体内で起こっていることを詳細に理解するために、研究チームは脱皮ホルモンと幼若ホルモンの関連遺伝子の発現量の変化を調査しました。
脱皮ホルモンシグナル伝達(生合成などの誘導)に関連する遺伝子はすぐに発現量が増加し、脱皮ホルモン生合成に関連する遺伝子も摂食期間の後半に発現量が増加し、分解に関連する遺伝子の発現量は減少ていました。
幼若ホルモンのシグナル伝達に関連する遺伝子は1つを除いて5齢7日目と8日目に発現量が増加していました。
一方、幼若ホルモンの生合成経路の最終段階で作用する2つの重要な酵素であるエポキシダーゼとJHAメチルトランスフェラーゼの遺伝子の発現には有意な差は見られませんでした。
5齢7日目と8日目では、幼若ホルモンの生合成経路に関与するファルネシル二リン酸合成酵素遺伝子の発現量が減少していました。
また幼若ホルモン分解に関与する遺伝子の発現量も減少していました。
脱皮ホルモンのシグナル伝達と生合成、幼若ホルモンのシグナル伝達に関連する遺伝子の発現量が増加するのに対して、
脱皮ホルモンを分解する遺伝子と幼若ホルモンの分解を抑制する遺伝子と生合成に関連する遺伝子の発現量は減少するという結果になりました。
さらに研究チームは脱皮ホルモン合成酵素と幼若ホルモン分解酵素の遺伝子を人為的に抑制し、それぞれカイコの幼虫の生育への影響を観察しました。
脱皮ホルモン合成酵素遺伝子の内、BmCYP302A1またはBmCYP307A1遺伝子を抑制すると、寄生されたカイコの20E量は低下し、5齢1日目から蛹化前の徘徊期までの発育期間が延長しました。
幼若ホルモン分解酵素遺伝子のBmJHEを抑制するとJHⅢ量は増加しましたがJHⅠ量およびカイコの発育期間に変化は見られませんでした。
ここからJHⅢ量が増加しても発育期間が延長することはないということが分かりました。
カイコの幼虫の体内でのハエとカイコの戦い
多くの昆虫は熱や農薬などによる負荷がかかると早く成長し、繁殖を行うために発育期間が短縮すると言われています。
従って、ハエに寄生されたカイコの幼虫は早く成長し繫殖を行う為に自ら脱皮ホルモンの生合成を活性化させ、
幼若ホルモンの増加はハエがカイコから栄養を奪う為に蛹化を阻止するためのものであろうと研究チームは考察しました。
実際、クワコヤドリバエに寄生されたカイコの幼虫は最終的には蛹になることなく死んでしまうことが多いです。
カイコの幼虫の体の中でのホルモンや遺伝子の複雑な変化はこのような寄生した側とされた側の壮絶な戦いによるものだったのでした。
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